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高松高等裁判所 昭和41年(ネ)372号 判決 1968年11月25日

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人長崎梅に対し金六五万円、同長崎亀に対し金四五万円、同宮田泰子、同島本千恵子に対し各金二五万円、および右各金員に対する昭和三八年一〇月五日以降完済まで各年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。この判決は、第二項に限り、控訴人長崎梅において金一五万円、同長崎亀において金一〇万円、同宮田泰子、同島本千恵子において各金五万円の担保を供するときは、当該控訴人に関する部分につき仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の法律上および事実上の陳述は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する(ただし、次のとおり訂正して引用する)。

(一)  原判決二枚目表一三行目の「右自動三輪車は、……」から同二枚目裏三行目の「……運転していたものである。」までを、「右自動三輪車の保有者である。すなわち、同自動三輪車は、当初、訴外長野和市において訴外森木自動車販売株式会社よりこれを購入しようとしたものであるが、右長野に信用がなかつたため、同会社がその販売を拒絶したところ、従前右長野の使用者であつた被控訴会社から、自ら買主となつて右自動三輪車を購入してもよい旨の申し出があり、ここに右訴外会社と被控訴会社との間において右自動三輪車の売買契約が締結されることとなり、契約成立と同時に被控訴会社にその引渡がなされるにいたつたのである。ただ、その所有権は、売買代金および修理費完済までは右訴外会社の取引先である株式会社神戸マツダモータースに留保されることとなつたが、自動車検査証上その使用者は被控訴会社と記載され、本件事故当時もその記載にかわりはなかつたのであつて、以上のごとき事情から考えると、右事故当時被控訴会社が本件自動三輪車の保有者であつたことは明らかである。」と訂正する。

(二)  原判決二枚目裏五行目の「……ものとしても、」の次に、「本件事故当時、本件加害自動三輪車の検査証には、前記のとおり被控訴会社が使用者として記載され、また、右自動三輪車の荷台の側板には「西森製材」なる表示がなされていたのであるから、」を挿入する。

(三)  原判決四枚目表一〇行目末尾の「右長……」から同四枚目裏一行目の「……ものである。」までを「右長野はかねて被控訴会社に運転手として雇傭されていたものであるが、同人が自動車を所有し被控訴会社から独立して運送業を経営したい旨を申出たので、被控訴会社においてもこれを了承した。そこで右長野は、訴外森木自動車販売株式会社から本件自動三輪車を購入しようとしたが、同人に信用がなかつたため、同訴外会社がこれを拒絶するにいたつたので、右長野の懇請により、被控訴会社が、代金の支払を保証する趣旨で割賦代金額に相当する額面の約束手形を振出して右訴外会社に交付し、かつ、右長野が代金完済前に右自動三輪車を第三者に転売するのを防止するため、代金完済までの使用者名義を被控訴会社としたのである。しかし、このような操作はすべて形式上のことであり、実質上は、右長野が自己の営業のために右自動三輪車を保有し、自己の責任でこれを運行の用に供していたものであつて、被控訴会社はその運行についてなんら指揮管理する地位にはなかつたものである。

なお、本件自動三輪車の荷台の側板に被控訴会社の名が表示されていたのは、自動車検査証の使用者の記載が被控訴会社名義になつていたためやむなくそのようにしたものであり、また、損害保険加入者名義が被控訴会社名義となつているのは、使用者名義も所有名義も長野になかつたからにすぎない。その他、本件自動三輪車の購入代金、燃料代、保険料、修理代などを被控訴会社が一時立替えて支払つたことはあるけれども、それらはすべて、被控訴会社より長野に支払うべき木材の運賃から控除していたものであつて、長野が右自動三輪車を自宅に保管し、その鍵をつねに所持し、また、自己の計算で運転手を雇い入れていた本件の場合、右のごとき事情があるからといつて被控訴会社が自賠法三条にもとづく責任を負うべきいわれはない。」と訂正する。

証拠の提出、援用、認否は、原判決事実(証拠関係)欄記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一、〔証拠略〕によると、訴外和田修利が、昭和三八年一〇月四日午后四時五〇分頃、六〇年型マツダ自動三輪車(登録番号高6せ三、二五四号)を運転して高知市潮新町六三番地先の交差点を時速約五〇キロメートルの速さで北から南へ向つて進行中、原動機付自転車に乗つて西から東へ向つて同所を通りかかつた亡長崎秀喜に自車を衝突させて同人をその場に転倒させ、頭蓋骨々折・大脳損傷の傷害を負わせたこと、右長崎秀喜が同日午后五時四五分頃、同市内にある平田病院において右傷害により死亡するにいたつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、しかるところ控訴人らは、被控訴会社は右自動三輪車(以下、本件事故車という)の保有者ないし運行供用者として、右生命侵害によつて生じた損害を賠償する責に任ずべきであると主張し、被控訴会社はこれを争うので、まずこの点について検討することとする。

〔証拠略〕を総合すると、本件事故当時、本件事故車の所有権は修理代未払のためなお訴外株式会社神戸マツダモータースに留保されており、被控訴会社の所有には属していなかつたこと、本件事故車を運転していた前記和田修利の使用主である訴外長野和市は、かつて被控訴会社に運転手として勤務していたものであるが、本件事故当時すでに同会社を退職し、その従業員たるの地位にはなかつたこと、本件事故車は右長野において直接に使用し、自宅に保管場所を設けるとともにそのエンジン・キーも常時みずから所持していたこと、以上の各事実が認められるのであつて、これらの事実からすると、被控訴会社は本件事故車の保有者ということはできない。

しかしながら、自動車損害賠償保障法三条にもとづく賠償責任を負担すべきものは「自己のために自動車を運行の用に供する者」であり、かつ、右の「自己のために自動車を運行の用に供する者」と認められるためには、必ずしも当該自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者であることを要するものではなく、また、その運転者との間に雇傭関係が存在することを要するものでもないのであつて、要はその自動車の運行について事実上の支配力を有し、客観的にみてその自動車の運行がその者の利益のためになされているという関係が存在すればたりるものと解すべきである。そこで以下、右のごとき観点から、被控訴会社が同法三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」と認められるかどうかについて検討するに、〔証拠略〕を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  訴外長野和市は昭和三三年八月一五日被控訴会社に自動車運転手として雇われ、以来被控訴会社所有の自動車を運転して木材等の運搬の仕事に従事していたものであるが、月々定つたわずかの給料では仕事に精を出す意欲も湧かないところから、被控訴会社から独立して運送業に従事し、より多くの収入を得たいと思うようになり、昭和三六年一月頃にいたつてその旨を被控訴会社に申し出た。

(二)  当時被控訴会社では、右長野の運転する自動三輪車一台だけで木材を運搬していたが、同人が会社から独立しても、被控訴会社専属の運送人として木材の運搬に従事するかぎりなんらの支障も生じないばかりでなく、むしろその方が右長野に労働意欲を持たせる結果、より能率的に仕事をさせることができるものと判断し、右長野の前記申し出を承諾することとした。

(三)  そこで右長野は、前記のごとく同月二〇日被控訴会社を退社したが、右のような経緯による退社であつたため、早速同年二月一日被控訴会社との間において、被控訴会社より右長野に対し被控訴会社所有の自動三輪車を代金は月賦弁済の方法で支払うとの約で売り渡すこと、右長野は右自動三輪車により専属的に(ただし、被控訴会社に仕事がないときは、他の会社の仕事をしても差し支えない)被控訴会社の製材原木および製品の運搬に従事すること、右自動三輪車の月賦代金は、毎月の運搬賃から差引いて支払うことなどを骨子とする契約が締結されるにいたつた。

(四)  その後右長野は、被控訴会社の諒解のもとに、右自動三輪車の買換えを自動車会社と交渉し、当初ダイハツ自動三輪車と買い換え、これをさらに本件事故車と買換えたものであるが、その割賦代金はすべて被控訴会社が自己振出の約束手形を差し入れて各期日にこれを支払い、さらに自動車のガソリン代、修理代等も被控訴会社が支払い、これを右長野に支払う運搬賃から差引いていた。また、右自動車については、自動車登録簿上その使用の本拠の位置として被控訴会社の所在地が記載され、自動車検査証には被控訴会社が使用者として記載されていたが、本件事故当時の本件事故車についても、それぞれ同様の記載がなされており、かつ、その荷台の側板には、「西森製材」と被控訴会社の名が表示されていた。

(五)  しかして右長野は、自動車運送事業の経営について必要な運輸大臣の免許を受けることもなく、被控訴会社との間の前記契約にもとづき、自ら自動車を運転し、または運転手を雇つて専属的に被控訴会社の製材原木および製品の運搬に従事したが、被控訴会社以外の仕事としては、友人に頼まれて数回木材を運搬した程度で、他の会社の物品を運搬したようなことはなかつた。また、本件事故も、被控訴会社のパルプ材を運搬した後、空車で被控訴会社へ帰る途中に発生したものである。

以上の各事実を認めることができるのであつて、前記各証拠中これに反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、以上の事実関係からすると、被控訴会社は本件事故車の運行について事実上の支配力を有し、かつ、客観的には右自動車の運行は被控訴会社の利益のためになされたものとみることができるから、被控訴会社は自動車損害賠償法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたるといわなければならない。

すると、被控訴会社は右法条にもとづき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を負うというべきである。

三、そこで次に損害額について検討することとする。

(一)  (亡長崎秀喜の得べかりし利益)

〔証拠略〕を総合すると、亡秀喜は明治三一年一〇月二一日生れ(死亡当時六五才)の健康な男子で、訴外安岡燃料株式会社に勤務し、同社鉄工部の主任として製造機械の設計、同部従業員の指導等の職務に従事していたものであるが、死亡当時の給料は月額二六、六〇〇円その他に賞与として毎年六月に給料の半月分、一二月に同一月分相当の額を支給されていたこと、右訴外会社においては定年制が設けられていなかつたところから、右秀喜も満七〇才までは同社に勤務することができる見込みであつたこと、秀喜は、死亡当時妻(控訴人長崎梅)とともに二男である控訴人長崎亀の家族四名と同居して生活していたが家計は亀の家族とは別にし、亀から扶養料等を受領するようなことはなかつたこと、秀喜の死亡当時の生活費は、控訴人ら主張のごとく平均月額八、八四一円と認められること、以上の各事実を認定することができ、右認定を覆えすにたりる証拠はない。すると、右秀喜の死亡当時の一ケ月の平均収入は二九、九二五円であり、これから一ケ月の生活費八、八四一円を控除した二一、〇八四円に六〇(五年分)を乗じた金額一、二六五、〇四〇円が得べかりし利益の総額であつて、これよりホフマン式(年ごと)計算法によつて民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除した金額一、一〇四、二二八円(銭以下切捨)がその現価である。

(二)  (葬式費用等)

〔証拠略〕によると、控訴人長崎亀が右秀喜の死亡に伴い次のごとき支出をしたことが認められ、かつ、右支出は本件事故と相当因果関係にある損害と認められる。

(1)  事故直後秀喜の診察治療に当つた訴外平田病院に対する治療費九一〇円

(2)  秀喜の葬儀を行なうために高知葬儀社に支払つた葬具ならびに告別式費用一三六、八四〇円

(3)  高知市に支払つた火葬料一、〇〇〇円

(4)  高知広告センターに支払つた死亡広告料八、五五〇円

(5)  岡本写真館に支払つた葬儀用写真代二、〇〇〇円

(6)  岩村鮮魚店および谷岡酒店に支払つた追悼宴の費用二五、九〇〇円

(7)  弔問客に対する饗応接待費および供物代五、〇〇七円

(8)  天満屋に支払つた葬式饅頭代四、四〇〇円

(9)  会葬礼状の印刷・郵送費一、四〇〇円

(10)  葬儀のためのハイヤー代七〇〇円

(11)  葬儀を主宰した天理教大教会・同汐分教会ならびに神主に対する謝礼一二、〇〇〇円

以上合計 一九八、七〇七円

(三)  (慰藉料)

〔証拠略〕によると、控訴人長崎梅は亡秀喜の妻であつて、大正一四年六月五日同人と結婚したのち、四人の子供を儲け(ただし、うち一名は死亡)、円満な家庭生活を続けてきたこと、控訴人長崎亀は秀喜の二男であつて、高知大学農学部助教授の地位にあるものであるが、秀喜の長男大昇が生後程なく死亡しているところから、長崎家の後継ぎとして前認定のとおり結婚後も父秀喜と同居して生活していたものであること、控訴人宮田泰子は秀喜の長女であつて、昭和二五年一二月二五日宮田安麿と結婚したのちも高知市内に住み、しばしば実家である秀喜方に立寄つていたこと、控訴人島本千恵子は秀喜の二女であつて、昭和三三年二月二三日島本恵市と結婚したこと、以上の各事実が認められるのであつて、これらの事実とその他諸般の事情とをあわせ総合すると、右秀喜が本件事故のために死亡したことによつて控訴人らが被つた精神的損害の額は、控訴人長崎梅が一〇〇万円、同長崎亀が五〇万円、同宮田泰子、同島本千恵子が各三〇万円と算定するのが相当である。

四、以上のとおりであるとすると、被控訴会社は、控訴人長崎梅に対し、秀喜の得べかりし利益の喪失の賠償請求権を相続によつて取得した分三六八、〇七六円と右精神的損害の額一〇〇万円との合計額一、三六八、〇七六円の、控訴人長崎亀に対し、右賠償請求権を相続によつて取得した分二四五、三八四円、前記葬式費用等一九八、七〇七円および右精神的損害の額五〇万円の合計額九四四、〇九一円の、控訴人宮田泰子、同島本千恵子に対しそれぞれ、右賠償請求権を相続によつて取得した分二四五、三八四円および右精神的損害の額三〇万円の合計額五四五、三八四円の各支払いをなすべき義務があり、その内金六五万円(控訴人梅関係)、四五万円(同長崎亀関係)、二五万円(同宮田泰子、同島本千恵子関係)およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和三八年一〇月五日以降完済までの各民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人らの本訴請求はいずれも正当であつて、これを棄却した原判決は不当であるから、民訴法三八六条にしたがいこれを取消すこととし、控訴人らの右各請求を認容し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘盛行 今中道信 藤原弘道)

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